月別アーカイブ: 2018年8月

運動②

72年の生涯で今ほど運動をしたこと、させられたことが無い。
股関節の手術後ちょうど2週間(8月21日)である。
ここ2、3日のリハビリメニューのキツいこと。
手術翌日には車椅子に乗せられ、立てと言われても、丸太ん棒のような脚は動かぬ。
2日目にはリハビリ専門病棟に移された。以来、土曜も日曜日もリハビリ漬けである。
前中さんに6人のスタッフが組まれています、とのこと。
手厚く、丁寧に筋肉を揉みほぐした後には、押す、伸ばす、引っ張る、曲げる。
歩け、跨げ、10回繰り返しましょう!の掛け声に囃され、励まされながら動く。
なにせ、動くことに興味の無かった人生。
どこをどう動かせば脚が伸びるのか?
頭が命令しても心は痛さにおびえ、脚はどう動けば良いのか迷うようだ。
こんな72歳を孫のような若者たちが、誉めておだてて、励ましてくれる。
華奢な肩にこの身の太い脚を乗せて、力を抜いて!との掛け声である。
気の毒で思わず力が入ってしまうのだ。
おかげで、日に日に脚の動きが良くなる。
車椅子を卒業し、歩行噐となり、短い距離なら杖だけで歩けるようになった。
栄養士の管理のもとに作られ供される食事。
毎朝の検温、血圧チェック。
ドクター常駐。
リハビリは3時間を超える。
いや~。これほどぜいたくな運動の経験は二度と無かろう。

運動①

小中学校9年間は、片道およそ1里を歩いて通学していたけれど、
72年の生涯は、走らず、泳がず、跳ばず、動かずの歳月であった。
運動会で目の前が開けていることは無かった。いつも何人かの背中を見て走った。
マラソン大会のときは、たまたま?腹が痛む、風邪気味で……と親が届けてくれた。
高校3年、最後の年ぐらい、と参加したら、ゴールしたとたんに気絶した。
気がついたら朝礼台の上に置かれていた。ビリではなかったらしい。
大学時代の体育の時間は遊びのようなものだった。
アメフトの監督であった先生は、女子には寛大寛容で、走れとも跳べとも言われなかった。
冬、キャンパス外のスケート場での授業は、行ったという証明書があるだけで良かった。
仕事に就いてからは取材の旅があり、ときには山道を歩き、ときには岬の突端に行くこともあったが、
後に酒、料理、温泉という楽しみが待っていた。
老いてからの日々、周囲にはせっせと歩いている人を見る。
ヨガにプールに体操に、グランドゴルフに……と熱心な人たちが多い。
興味が湧かぬ。