月別アーカイブ: 2016年4月

ようかん

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作文教室の日。
うららかだった前日とは一変。雨降り、風吹き、寒々しい。
夕方に、快適な自宅を出て、雨風の中、作文をしにやって来なくてもいい。
「作文教室、今日はお休みにしましょう」と、いろは、ふうか姉妹のおかあさんへ電話をした。
しばらくして、「ふうか、作文、行きたい」とかかってきた。
結局、3人のこどもたちがやって来た。
いつもより広めになった机に3人がくっついて、ノートをひろげる。
クチュクチュとささやきながら、笑顔で見つめあいながら、書く。
雨風が強い日、寒さが厳しい日など、70歳は、ことに夕方になってからはどこへも出かけたくない。
この子たちは雨風が強くても、教室のなかまとの時間が楽しいもーん、ということだろう。お家の人の送り迎えがあってのことだけれど。
作文を書き上げるとおやつになる。
お隣さんが差し入れをしてくださった。
「なに、何?」
「ようかんいただいたよ。食べる?」
「何で、ようかんいただいたの?」
「かわいいこどもたちが作文をしに来ています、と話すと、いろんなおやつをくださるのよ」
こどもたちはちょっと照れて、ちょっとはしゃいだ。

山の蛙

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クルル、コロロといい声が深夜まで続いている。
ン?夜の11時に鳥が鳴く?
もしや、あの蛙ではなかろうか?
昨年の10月に玄関先で蛙を見た。
手のひら大のドテッとした茶色の蛙だった。
わが家は水田から遠い。車の通る道路から山道へ、少し坂道を上がった林の中にある。
そんな所へ蛙は何を求めてか?迷いこんだのか?
青蛙ならためらいも無く捕まえて、田んぼに連れていってやるものを。
グエグエと鳴く茶色の蛙はあまり気持ちが良くない。触れない。
居るべきところはそっちじゃない、あっちだろうと声と木の枝で追い立てたが、言うことを聞かず、ノソリノソリと草の蔭へと行ったのだった。
あの蛙が雑木林で枯葉に埋もれて冬眠していたのだろうか?
野鳥の多い林である。昼間は鳥に襲われ、食べられるかも知れぬ。
だから夜にコロコロ、クルルと鳴いているのか?
秋にはグエグエと鳴いていたのに、山鳥かと聞き間違えた。美声である。
たぶん、一匹だけの鳴き声である。
友よ、連れ合いよ来たれと呼んでいるのか?
水辺への道が分からぬのか?
山の蛙として棲み続けるのか?

花吹雪

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このところの治療院通いの道々、まだ蕾も無い頃から、ふくらんだ、一輪咲いた…と車窓に桜の様子を見ながら走っていた。
風に吹かれて花びらが舞い始めた週末、誘われて城跡の桜を見に行った。
杖に頼る身である。誘ってくれたご夫妻に散策をすすめ、桜に囲まれた広場のベンチに座る。
設けられた舞台ではピアノが演奏され、桜の歌が流れ、若者たちが元気に踊る。
一陣の風が花吹雪を巻き起こし、見る人、踊る人に盛んに花びらが舞い落ちる。堀には花筏。
プログラムの最後にビンゴゲームが始まった。
景品多数で次々と歓声が上がる。
延々と続いて景品はあと2つとなったところで、わたしのカードにビンゴ!
こっちもビンゴ、と手を挙げた人が4人。ジャンケンポン!残念…。
花吹雪、花吹雪。

里の春

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今年は山のコブシがことのほか多いと言えば、あれはコブシではなくてタムシバですと必ず訂正してくれる人がいる。
ニオイコブシという別名もあるようだし、図鑑で見てもさして変わらぬ。
なので、里の多くの人が呼ぶように、わたしもコブシと呼ぶ、と決めたのだけれど、いつも、ひとことふたこと、言い訳、解釈をしてしまうことになる。
ともあれ、いつもの年より数日早くコブシを見つけた。
白い花は朝に夕に増え続け、山肌に斑点のように広がった。
山にコブシが多い年は何かあるのでしょう?これもいつも交わされる会話である。夏、日照りが続くという人もあれば、大水が出るという説もある。
いったいどっちなのだろう?
確かめもせず、コブシが咲けば、また同じ会話が繰り返される。
わが家の裏山にも、こんなにあったか?と驚くほど、今年はたくさん咲いた。
桜の開花宣言も早かった。
けれど、ミゾレが降る日もあったりで、花の見頃は例年とさほど変わらず、4月に入ってからになった。
山のコブシ、川辺の桜、畑に桃の花、庭に椿…。木の根元あたりには、水仙、小さなすみれ、たんぽぽが。
踊り子草も群れて咲き、鶯がのど自慢、歌自慢を競っている。
つい先日、引っ越して来られたお隣さんが、「小鳥の声で目が覚めるなんて…」とおっしゃる。
里は、ぐる~りと春景色である。