月別アーカイブ: 2015年12月

名前

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戸数30の集落には同姓が多かったせいか、おとなもこどもも、たいていは名前で呼ばれていた。
それも、正確に呼ばれることは少なくて、まさこはまーこちゃん、よしこはよっちゃん。ふみおはふーちゃん。
さちおもさちこもさっちゃんで、さちおは前のさっちゃんと呼ばれた。この先行き止まりの集落の前の方に家があった。
女の子の名前にはほとんど、”子”が付いていた頃のことである。
だいたいが頭の一字を伸ばしたり縮めたりであったが、なぜか、やーちゃんと呼ばれる人は、本来はただしとかただあきで、”や”という字は付いていなかったが、手紙など、弥一という宛名で届いたそうだ。
夏休みになるとやって来ていた隣家の孫娘をわたしは、ぴーこちゃんと呼んでいた。やすこであったのに、なぜ、ぴーこちゃんとなったのか?思い出せない。
父は、親戚のお爺さんをガンジーと呼んでいた。
思い浮かべれば、小柄であったがなるほど鼻が高くてエキゾチックな顔だちであった。外国航路の船員さんであったそうな。
腰を曲げ杖を突き、信玄袋を提げてヨチヨチと、日課のごとくわが家を訪れる姿は、わたしには日本の昔話の中のお爺さんのようであった。
大柄で、口達者で、いつもガンジーと入れ替わるようにスタスタとやって来ては、酒呑みだ、怠け者だと告げ口を惜しまぬ奥さんのことを、父は陰でガンババと名付けていた。

集落の中で正しく名前で呼ばれていた人は、ちょっといかめしく寄り付きがたい人であった。

マラソン大会

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マラソン大会の日だと聞いて、こどもたちの応援に行った。
各学年にクラスは1つ、総勢でも150人ほどの児童数である。
全員がいっせいに走り出すのではなくて、まず1年生がスタートし、戻ってくるのを拍手で迎えてから次の学年が、よーい、スタート!飛び出していく。
どの学年の児もスタート直後は短距離走のごとく猛ダッシュ。勢いのあるままグランドを一周し、通学路へと走り出て、数分後には間隔を空けた列となって、頬っぺを真っ赤にしながら戻ってくる。
孫はいないが作文教室のこどもたちが1年生にも2年生にも、3年生にも、そして5年生にもいるので、いっぱい応援して存分に楽しませてもらった。
上位には入れなかったけれど、教室のこどもたちは全員が元気に完走した。

わたしは、ゴール直後に気絶したことがある。高校生の頃。
それも、華々しく先頭争いをして倒れ込んだというわけではない。ビリから数人目という順位であった。
1年生のときも2年生のときも、風邪引いた、腹痛で…などと口実を設けて不参加であった。
日頃から、ナニクソ!と頑張るところが無かった。体力も気力も、ずうっと怠けていた。
卒業間近の3年生だもの、と参加したが、走ったり、歩いたり、歩いたり、でなんとかたどり着いたゴールであった。
「だれか倒れたらしい」と声が飛び交う中、とっくに上位で校庭に戻っていた妹が見たのは、朝礼台の上に寝かされた姉の姿であった。恥ずかしかったそうだ。
全校生徒の集まる校庭の朝礼台の上に、アシカ?いや、トドのごとき姿が―。思い浮かべても、確かにみっともない。

しかられた

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作文教室のこどもたち。にぎやかに話しだしたり笑いだしたりが始まると、鉛筆が動かない。
動いていてもアニメの登場人物なのか、大きな目、髪も脚も長い女の子の絵を楽しそうに描いている。
珍しく?しゃべらずに、みんなが熱心に作文をしているので、わたしも傍らで原稿の下書きをしていた。
ボールペンで、横書きで、だんだん文章が右肩上がりになるまま、ペンを走らせていた。
「もっとていねいに書きなさい!」
横に座る一年生にしかられた。