月別アーカイブ: 2015年10月

日溜まり

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「お尻が見えたので寄ったよ―」
いつもの道を走っていたら、日溜まりの中で小豆を選別中のそでちゃんを見かけた。
そでちゃんなんて親しく呼んでいるけれど、わたしよりも年上である。
この里で暮らし始めた当初に声をかけてもらって以来、何かと心頼みにさせてもらっている。

昔は里のどの家にも縁側があった。
縁側には豆が干されたり、布団が広げてあったり、繕い物をしている人の姿があった。
田畑へと向かう人が通りがかりに立ち寄り、腰をおろして一服していた。
いつ頃からか、縁側にはガラス戸が入り、カーテンが引かれている。
縁側でひと仕事をする人、憩う人、おはじきをするこどもたちの姿が無くなった。

いつもの道を通りながら、畑にそでちゃんの姿を見かけることがあるが、たいていは作業中なので、ちょっと頭を下げて通りすぎる。
上々の日差しに背を向けて小豆を選別中のそでちゃんの様子が、なんとなくゆったりとして見えたので、車を停めて声をかけた。

たくさんの柚子をいただいた。今秋はじめての柚子である。緑の色が少し残った瑞々しい黄色の柚子を高い枝から切り取っていただいた。
5個ばかりジャムにした。
香りが満ちた。

宝箱

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大工さんに押し入れの修繕をしてもらった。雨漏りがしていた。
以前から押し入れの中の荷物は全部出してあった。16年前にこの家に移ってきたときに押し込んだまんま、フタを開けたことのないダンボール箱もある。
押し入れの天井も壁も床板も、木の香匂う杉板が貼られた。
この際、荷物をスッキリ整理しようと決心したのだけれど…。
見てしまった。こどものアルバムを。ノートを。
見てしまうと、もう、整理しようとしていた手は止まる。一枚、一枚に見入ってしまう。読んでしまう。
漢字のプリントの束がある。
3年生、といえば20数年も前。例えば、「遊」という字を使って短文を、とある。
ぼくのお母さんは西遊記のちょはっかいににています。
「品」では
ぼくのお母さんはけしょう品をあまりもっていません。
4年生、「料」
お母さんの料理はとてもおいしい。
5年生になると
「肥」
ぼくの家にはまるまると肥えたお母さんがいる。
ちゃんと母を見て、こんなにもかわいい表現をしてくれたものを。
ああ、いつの頃からだろうか?
肩に手を置こうものなら、スルリと抜け、おーい!と手を振れば、プイと他人のような素振りをし、
体育祭には来ないで!と言うようになったのは?

遅々として、荷物は片付かない。

寒い朝

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田畑の向こう、駅への峠に霧が沈んでいる。
雲海とまでは言えないけれど、
ところどころ紅葉を始めた円い山々の、
あたかも両腕に乳白色の湖を抱えているようだ。
見渡す山々の中腹あたりに、霧の帯がかかっているようなのも静かに美しい。

好奇心

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わが家の周りに池も田んぼも無い。
けれど、田植えの頃、田んぼに水が張られると、いっせいに蛙の合唱がこだましてくる。
今はもう、にぎやかな声は聞かれぬ季節。
ところが、夜となく昼となく、グエグエ、ゲーゲと低音の太い声がごく近くから聞こえてくる。たぶん蛙。
数日前、車を出そうと近づいたら、手のひらほどの大きさの茶色の蛙がいた。
グエグエの主はあいつか?
どこかの池からあがって散歩にでも出かけたのか?違う世界を見たいと探検にでも?昔話に、好奇心旺盛な蛙が出てくるのがあるが…。
思い当たる池は蛙の足ではずいぶんと遠い。
タイヤで引き潰してはタイヘンだと、靴の先で追いやれば、ノソリバサリと草の陰へ。
その後、まだ探検が続いているのか?迷って草むらから出られなくなったのか?
ボボ―、ホーホーと鳩が鳴く。
ゲーゲ、グエグエと蛙が鳴く。
美声とは言えないが、春、夏さえずっていた鴬やヒグラシ蝉に交代して、これもわが家のにぎわい。

蛙は雑木林で生きられるのだろうか?
このまま冬眠に入れるのだろうか?
春、畑を掘ったらノソリと蛙が出てきたことがあった。

樹齢

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林の檜を伐採しなければならなくなった。
電動ノコギリが樹皮に食い込んで行く。
ショベルカーが唸りをあげながら大木を押し倒し、引き倒す。
檜は軋みながら倒れる。ドドンと大地を轟かせる。
人間の力では押しても引いても動かぬものを、あたかも鉄の怪獣は、大きな口を開けて挑みかかり、濃い葉の繁る枝にかぶりつき、持ち上げる。
裁断された丸太も軽々と持ち上げる。

樹齢およそ60年ほどかと思う。
父と母とが植えた。
木が幼い間は下草を刈り、下枝を切り取る作業をしていた。いつも暑い時期だった。
たまに、甘くて冷たい紅茶を作って自転車で運んだ。家から3㎞ぐらいあった。
汗を吹き出し滴らせ、土や枝葉で汚れた尻をおろして、さもおいしそうに飲んでいた姿が浮かぶ。
孫の代になったら材木として伐り出せるだろうと言っていたが、現在は、手入れもされずに育った樹齢60年ばかりの檜は価値が無いのだそうだ。
なんとか伐採の数を少なく、と望んだが、結局は30数本を伐らねばならぬこととなった。
バリバリと裂けながら倒れる木の響きは父母の悲鳴に思えた。

作業2日目―。
8時から重機が働きだした。
昨日の残りの木立をめがけて唸る、噛みつく。
昨日はしっかりと見届けようと思ったが、今日は、残りの木々が倒れるのを見ていたくはなかった。
数時間の外出から帰ってみれば、格別に背の高い一本が伐られようとするところだった。
1機がその鉄の口で大木を支え、もう1機は太いワイヤーをその口にくわえて、大木の倒れる方向を定めようとしている。
鉄の怪獣が虎視眈々と獲物を狙って見上げる中、大木の根元に電動ノコギリが食い込み、やがて地響きとともに檜の大木が倒れた。
60年かかって育った檜の30余本の木立は2日間で消えた。
鬱蒼としていた林は、やけに明るい広場となった。