月別アーカイブ: 2015年8月

大家族

夏休み―、隣家のことちゃんのおかあさん、大家族の食事作りに追われています、と大忙しそうだった。
賑やかさの中でのおじいちゃん、おばあちゃんの笑顔が思い浮かぶ。
昔、父母と暮らした家でも、夏休みには人の出入りが絶えず、お盆の頃ともなれば20人ぐらいの大家族になった。
こども連れが2家族、3家族、ときにはもっと増えた。
こどもたちは水遊びをしたり、蝉やクワガタを採りに行ったり、山里の夏を遊び暮らした。
おとなたちは忙しかった。
そうめんなんて、いったいどれぐらいの量を茹でていたのだろう。
炊事場は土間の隅にあった。
食事をするのは広い板敷きの間。炊事場と食事の場所は離れていたから、下駄やサンダルをつっかけて、何度も何度も行ったり来たりしなければならない。
風呂は、ごえもん風呂。薪を燃やしつける。こどもたちが面白がって風呂たきをしてみるが、下手に薪を詰め込むと、煙るばかりで炎が上がらない。
夜は、3つ続いた部屋の障子も襖も開け放して、一面に布団を敷き詰めた。
日頃点けない部屋の明かりに誘われて、蛾やクワガタや蝉が飛び込んで来て、神棚や電灯の傘のホコリをバラバラと撒き散らし、ミイミイジージーと鳴いた。
大きな茅葺き屋根の下、腹の上に布団を掛けて寝る涼しさだった。
明ければまた、賑やかな一日が続いた。

ねむの木

大木に繁る緑の葉、その上にふわふわ、あわあわとピンクの花が咲いているねむの木が好き。
もう何年も前に小さな木を裏の林に植えた。
花をつけるのには長い期間かかるらしいが、わが家のねむの木は背丈が伸びるのにも長い年月がかかっている。
今年は50センチほどには立ち上がって、緑の葉をつけていたのにな~。
またしても、地面すれすれのところまで刈り飛ばされてしまった。
毎夏、家の周囲の草刈りをお願いしている。
機械での作業なので、雑草の中に紛れている花なんぞは、みんないっしょに刈られてしまう。前もって、残してほしい花や木の周りの笹や茅など刈り取っておけば良いのだけれど、そんな年もあったのだけれど、今年も刈り飛ばされてしまった。
刈り飛ばされて緑の葉は皆無である。ただ、いつの年も、根こそぎというわけではないので、根元のあたりはかなり太くたくましくなっている。
やがて、いつの日か、たくましい根っこから幹を立ち上げ葉を繁らせ、ふわふわと優しい花を咲かせてくれるだろう。
いや、来年こそは、刈り飛ばされぬように、前もって、ねむの木ここにありと標識を立てておかねば!

花火

ツクツクボウシがあれきり鳴かない、と書いた。
昨夜に降った雨がにわかに季節を早めたか…?朝からツクツクボウシの合唱である。うろこ雲も盛大に広がっている。
昨夜は木の間から花火を見た。
花火と言えば、盛んな夏の賑わいのようだけれど、木の間から見る遠花火は、夏の終わりを告げるようだった。

立秋

うろこ雲、赤トンボ、ツクツクボウシ蝉、秋の案内人揃い踏みである。
ちょうど暦に立秋の文字。なんとピッタリと登場するものだ。
けれど、連日の猛暑、酷暑である。いささかも太陽は衰えを見せず、蝉もギイギイ、ジャージャーと騒いでいる。
あれ以後ツクツクボウシの鳴き音を聞かない。
オーシツクツク、ツクツクボウシ…惜しい惜しい、夏の逝くのがつくづく惜しいと聞こえるのだけれど。
まだそのときではないな~と思ったか?