月別アーカイブ: 2015年2月

パンダ

パンダを洗っている。
パンダの形をしたクッションである。クッションであるから、ころころ丸い可愛さはなくて、体型はやや膨らんでいるぐらいである。
作った人の好みであろうか、顔がぶさいくである。
友人がやっているバレエ教室の待合室にあった。
たぶん、新しくて珍しかった頃は可愛がられていたのだろう。抱き締められたり、あっちの手からこっちの胸へと渡され、投げられたり落とされたりしていたのだろう。
縫い目がほころび、白い部分は汚れて黒ずんでいた。
汚くなったパンダは見向かれなくなったか、肩を落としたショボタレた姿で、ソファの端っこにペタッともたれていた。
これ、持って帰っていい?と尋ねると、あなたが縫いぐるみに興味を持つなんて…と友人は笑いながら手渡してくれた。
持って帰って、破れたところを繕って、手洗いをして干しておいたらきれいになった。
それからわが家のソファに置いてあった。
作文教室へ来るこどもたちが代わる代わる抱いたり、話しかけたりしていたが、やっぱりそのうち、誰も抱き上げることもなくなった。
寒い季節はわたしの背あてになり、足の枕になった。
春が近づいて部屋の間仕切り戸を開け、太陽の光が射し込んで来ると、パンダの汚れがずいぶん目立つ。
本日、パンダの洗濯日である。

如月

このところ暖かい日が続いて、わが家の梅もほころび始めた。
厳冬対策にことさら厚いカーテンを吊っていたが、カーテンを束ね、紐で縛り、ガラス窓を開ける。
部屋の間仕切りの板戸も開いた。
キサラギの月とは、着ている衣服の上に更に重ね着をする月という説もあるようだが、三月下旬の陽気です、とテレビが言うので着衣を一枚脱いでみる。
終日、照明無しでは過ごせない部屋に戸外から陽が射し込み、薄着になった身がプルルと震えるけれど、大気が入ってくる。部屋に広がっていく。
戸を開ける、ということは、閉じた心を開けることにもなるのだな~。

春を見つけに…

じいっと冬ごもり中です、と書いたら、蕗の薹を見つけました、あつあつご飯に蕗の薹味噌を添えて食べました。
春を見つけに出てください、とメールをいただいた。
腰痛発症中である。
ソロリソロリと出てみた。
わが家の周りでは蕗の薹を見つけられなかったけれど、枯れ草の下に緑の蓬。梅の木にはプツプツ、プツプツいっぱいの蕾。
椿も蕾からポチリと紅い花弁をのぞかせている。
何という木だろうか?枝という枝が赤みを帯びていた。
手入れをせず、世話をしてやってないのに、お日さまと雨に育まれ、促されて、芽吹き、顔を出し、春めく光にほんのり色づいたのだろうな~。