月別アーカイブ: 2014年11月

小春日和に獅子舞が…

「本年も例年の如く11月24日頃に森本忠太夫が御伺い致します」
葉書の差出人は、三重県桑名市太夫在の伊勢大神楽講社 森本忠太夫。
期日指定の3日ほど前に毎年、葉書が届く。

わたしがもの心ついたときから、いや、昔々から、この森本忠太夫という世襲の名前を受け継ぐ一行が、晩秋、サザンカの咲く頃にこの里にやって来ていた。
ヒュルリー、ヒュルーと遠くから、聞き覚えのある笛の音が届いてきたら、胸がワクワクと躍った。獅子舞がやって来た―!
一行は5~6人で収穫の終わった晩秋の丹波路を巡る。
一軒一軒を訪れ、大きな獅子頭を着けた人が鈴を振りながら、門先と家の内で舞う。
小学生の頃は、下校途中で一行を見かけると何軒か付いて歩いた。
自分の集落に来る日が日曜日だったらどんなにうれしかったことか。集落を巡る一行に、こどもたちがぞろぞろと付いていく。
たいていの家では、ヒュルリー、ヒュルーの笛と、テンテン太鼓とカンカン鉦にあわせてほんの数分舞うだけだが、どんな事情でか、他の家の何倍も長く舞うときがあった。
ときには、真っ赤な顔に目玉もギョロリと恐ろしげな獅子頭をかぶっているのに振り袖姿になって、絵日傘をさして、大きな男の肩の上に乗って、シナシナと舞を見せたりする。
一行に付いて廻れば、いつかどこかで不思議な、鮮やかな、面白いものが見られるかも知れぬ。
田んぼの刈り入れが終わってサザンカが咲く頃にやって来る獅子舞は、とてもとても楽しみだった。

山里暮らしを始めた年の秋、近くの集落で一行を見かけた。何十年ぶりかに見る情景が懐かしかった。
一行は、初めての家には訪れてはくれない。ぜひともわが家を訪ねてほしい、と頼んだ。
翌年から葉書が届くようになった。
当日留守にしなければならぬ場合もあり、天候のかげんで日程が変わることもあり、出会えぬ年もあったが、今年は変更も無く、紅葉の美しい小春日和の日に、ヒュルリーと笛が聞こえてきた。

獅子舞が去ると、やがて里に冬が来る。

どんぐり2つ

ふ、ふ、ふの女の子は翌週来なかった。
のどがいたくてヨーグルトしかたべられない。かわいそうだと1年生のおねえちゃんは書いた。
作文教室のその日のおやつにお芋のようかんを作っていた。さつま芋を練って固めて、ラップでくるんだだけの一口サイズのようかんは、さいわい、こどもたちに好評だった。
やわらかいので食べられるかな?とお迎えに来られたおかあさんにことづけた。
今週、満面の笑顔で女の子がやって来た。
どんぐりを2つくれた。
そして、先日のようかんの小さな容器に、まんまる顔の、たぶん、わたしの似顔絵を貼り付けたのを手渡してくれた。
ありがとう。ゆずより と書いてあるのは、きっとおねえちゃんの字。
お芋のようかんをちょっぴり食べました、とおかあさん。
よかった、よかった。
ゆずちゃんという名前もわかった。
今日は、あのかわいい、ふ、ふ、ふ、を聞かなかったような…。その代わり、ありがとう、をしっかり聞いたよ。

ふ、ふ、ふ

作文ごっこをしている。
幼稚園児だった子が2年生になった。
も、し、くなどの字がうまい具合にひっくり返っていたけれど、漢字も書けるし、スラスラと長文が書けるようにもなった。
といっても、その日の気分次第、何があったか、乱暴な字が跳ね回り、ヘナヘナの字がのたくったようになることもある。
ほんの数行書いたら、できた!とノートを見せに来て、後は絵を描いている。
女の子たちは、お姫さまのような人物の絵を描くのが好きだ。
作文教室のこどもたちなんだから、その絵にお話を書こうよ、と言うと、台詞を書き込んだりしている。
4年生になった男の子は、こんなふうに書いたらセンセイきっと喜ぶぞ!などと思って書いたな、というようなときがある。
さすが、2年間の成長かな―?
新しく入会してきた2年生と1年生の女の子は、ふたりとも、とてもおとなしい。
尋ねると、大きな目でじーっとこちらの目を見返して聞き取ろうとする。ゆっくりと書き始めると、表現力豊かに何ページも書いた。
もうひとり、1年生の女の子もしゃべってはくれないが、提案してみると、大きなしっかりとした字で妹のことを書いた。
ふ、ふ、ふ、ひ、ひ、ひ、と笑うのがかわいいと書いた。
1時間の作文ごっこが終わるころ、それぞれの家からお迎えに来られる。
おかあさんと来た子にお名前は?と尋ねたら、名前は教えてくれず、ふ、ふ、ふ、ひ、ひ、ひ、と満面の笑顔で笑ってくれた。

ツワブキ

11月。
山々は急ぎ足で紅葉を始めた。昨日と今朝では色合いが異なる。
黄色、紅色、緑色、そのどれもが薄く濃く、グラデーションを見せ、こんもり、こんもりと紅葉の塊を連ねている。
家の周りに散り敷いた桜や柿の落ち葉を掃く。
月めくりのカレンダーは2枚になった。
黒一色の切り絵の風景画である。
11月の絵柄には“四斗谷の家“のタイトルが付けられている。
本の返却に図書館に行ったとき、ちょうど開催中だった切り絵展を見ていたら、生まれ育った集落の名前が添えられた作品があった。
作品の構図は、およそ下半分に、たぶん、ツワブキと思える植物群が描かれ、上部には、山を背に大きな屋根、庭にそびえる木々…。
見覚えのある景色であった。わたしの生家がここに描かれている。
画面に大胆に描かれているツワブキは家の門の内側にあって、門先や道端には無い。
描いた人は、まるで我が家の庭を見通したような絵であった。
かつて、家人が居たときに訪ねられたのだろうか?
切り絵のグループの作品展であったが、当の作者が会場におられることが判った。
「これはわたしの家です!」。興奮した口調であっただろう。
題材を探してドライブの途中、小さな集落に入り込み、描きたくなった風景だった、と説明をしてくださった。
門の内側に咲いているツワブキを見たわけではない。家のたたずまいと季節から想像を巡らせてのツワブキであった。
展示会終了後、カレンダーにします。できあがったらお届けします、との言葉どおり、1年後にカレンダーを届けてくださった。
それからまた1年たって、11月の絵柄となって登場である。
無人の家の庭に今年もツワブキは、光沢のある葉の上にスックと茎を伸ばし、鮮やかな黄色の花を咲かせているだろうか。