月別アーカイブ: 2014年6月

朝の電車

午前7時。
田んぼの中の小さな駅。
向かい側下り線ホーム。3つつながった椅子の真ん中を空けて女子高校生が座っている。
白いブラウス、グレーのチェックのプリーツスカート、同じ学校の生徒だろう。
ひとことも話さず、ピンクのスマホ、白いスマホを左手に、同じポーズで右手の指先をス、ス、スー、スラリ、スラリ。
小さな車が上り線側の駅入り口へすべりこんで来た。
白い帽子、白いシャツ、紺の半パンツの小さな男の子と、紺のスカートの長身の女の子がホームへやって来た。
姉、弟のようだ。どちらも無言。眠いのかな~?
当駅は、始発駅から3つ目の駅である。
1つ目も、2つ目も、3つ目も、終日、駅員さんのいない無人駅である。
電車が来た。
まだまだ空席がある。
マスクをして目を閉じている人。マンガを読む人。鏡をのぞいている人。そして、多くの人が携帯に見入っている。
コソリとも話し声がしない。車輪とレールの軋む音と車内アナウンスだけが響く。
斜め前と右隣の男性は知り合いでもなさそうだが、突き合わせた膝に乗せている黒いカバンがそっくり同じ。
やや持ち馴らした風合いのカバンと、新品状態のカバンの底がくっつきそうになっている。同年代の勤め人に人気のカバンなのだろうか?
久しぶりに乗ることになった朝の電車。キョロキョロと目玉を動かしているのはわたしだけだろう。
どこかから聞こえる咳払い、クシャミも控えめで、ただ無言の人びとを乗せて電車は走る。
やがて、近くに大きな住宅地が広がる、その名も新〇〇と付けられた駅に着くと、おおぜいの人が乗り込み、たちまち座席は満席になった。
立っている人もいっぱいになったけれど、まだやはり、無言のままの人びとを乗せて、朝の電車は走る。

お尻?

昨日から細か~い作業が続いている。
採ってきた山椒の実のお尻にくっついている小さな枝を取る。洗う。ゆがく。水に浸す。
一部は醤油に漬け、一部は佃煮にして、残りは小分けして冷凍保存。
青梅もまた、お尻のそうじ。
山椒の実、青梅の実にお尻というものがあるかどうかわからぬが、らしきヵ所から、ヘタやほんの小さなゴミ状のものを爪楊枝でほじくり出す。
きれいになった青梅は、ゆでてさらしてからジャムに仕上げる。
新しょうがもなんとかしなければ…。
半分は刻んで、半分はすりおろして、これもジャムにする。
じとじと、ショボショボ、終日の雨はうっとおしいけれど、この季節に実る梅、しょうが、山椒、いずれも、味も香りもしたたかである。
調理の手間も時間もかかってまことに面倒くさいが、ヒリヒリ、ピリッ、スッパーイ刺激がさわやかで、梅雨どきの憂さを晴らしてくれる。

父のこと

朝、ラジオで、6月第3日曜日は父の日。作文を募集中ですと呼びかけていた。
応募するためではないが、30数年前に亡くなった父のことを思い出してみた。
わたしは、父、53歳のときの子供である。
ものごころついたときには、父はすでに老人であった。鼻下にチョビ髭、額はせりあがり、少し縮れた髪は白かった。
小学生の頃、級友のお父さんがみんな若々しいのがうらやましかった。
博識が自慢で、尋ねればほとんどのことに答えてくれた。
ことばも、歴史も、算数も。父が何でも解いて説明してくれるので、ついつい辞書や教科書を読み返すことがおろそかにもなった。
わたしが中学生、高校生になってまでも、父は娘から何かと尋ねられることに満足げであった。
わたしは怠け者で、努力家でなかったから、特に苦手だった数学はじっくりと考えもせずに、父に問題を投げていた。
さすがに高校生の数学となると、答を直ちにというわけにはいかないときがあって、なかなか返事がもらえなかった。
わたしは早々と諦めて床に就く。
すると、深夜、あるいは未明に、離れた部屋から、オーイ!と呼ぶのである。眠っている家族のことなどお構いなしの大声である。
寝ぼけた頭で、またか!頼まねばよかったとうらみながら父の部屋に行けば、布団の中で天井を見上げながら、昼間に尋ねた問題を解き始める。
なにもこんな真夜中に…と迷惑にも思いながら、その内に目も覚めて、父が説明する答をノートに書き込んでいく。
70歳近い父と高校生の娘がゲームに取り組んでいるようでもあった。
わたしはいま、その頃の父の年齢にさしかかっている。
この前、小学4年生が、兆、億という位の数字を書き込んでいるのに参加してみたが、なんともしどろもどろであった。