月別アーカイブ: 2014年5月

頭上にご用心

エッ?なんのことですか?
上空を見上げながらソロソロと近づいて来られる。
青空の下に繁る桜、椿の葉が眩しくて、目は物体をつかまえにくいようだ。
実は、桜の枝が折れて、ほぼ直角にぶら下がっている。3メートルもの長さの枝がつららのごとく下がっている。
先端をつかまえれば引きずりおろしもできそうだが、先端は頭上はるか上にある。
箒をさしのべてみた。飛び上がればかろうじて細い枝の先っぽに触れるが、かすかに揺れるばかり。
人さまの訪れは少ないが、郵便配達さん、新聞の人も毎日毎朝来られる。ことちゃんがまた、歩いてお手紙を届けに来てくれるかもしれない。
そのとき落下すれば、枯れ枝と言えどもケガをさせてしまうだろう。頭に刺さったらどうしよう?あれこれと心配、不安が生まれ、溜まる。
次の強風で、それも夜の間に、ポキリと折れて落ちてくれぬものか!?と風頼み、神頼みのまま数日たった。
朝、もの音に出てみたら、ことちゃんのおじいちゃんとおとうさんが大きな脚立を立て、枝にロープを掛けての作業中であった。
ビシッと鈍い音がしてみごとに枝が落ちてきた。
ありがとうございました。
わが家の小さな脚立に貼り付けていた、頭上にご用心!の紙をはがした。
しばらくの後、もうお一人、軽トラックの荷台に脚立を積み込んで来てくださった。
見上げて、あれっ?
いまさっき、枝を落としていただいたんですよ。
それは良かった。ハイ、ハイ。
さっさと帰っていかれた。
たまたま訪ねて来られたときに、頭上にご用心!の貼り紙を見られて、その後の様子を尋ねに来てくださったのだ。
本来ならわが家で取り除かなければならないところ。
この木の下を通る人は少ないことだし、大きな脚立も無いことだし、次の風で落ちてくれれば、などと呑気に過ごしていたことが恥ずかしい。
ご近所のご親切、ほんとうにありがとうございました。

アタタタイ

初めて本と出会ったのは何歳のときだったのだろう?
絵本だったのか?文章は書かれていたのか?覚えていない。
ただ、「アタタタイノ、サンポ二イコウ」ということばが口からこぼれる。
「ページをめくる前に、アタタタイノ、サンポ二イコウとあんたはいつも声に出していた」。いつだったか、母が言っていた。
暖かいな、散歩に行こう、だろうか?
そう書いてあったのか、絵を見ながらことばを付けて母が語ってくれたのか…。その情景は浮かんでは来ないけれど、お気に入りの場面だったのだろう。
書店で、図書館で、絵本を手に取れば、アタタタイノ、サンポ二イコウとつぶやきたくなる。
はて?どんな本だったのだろう?たぶん、それが初めての本。

うれしいんです。

2年生のことちゃん、4年生のたかあきくんから手紙が届いた。
ことちゃんがおかあさんといっしょに歩いて届けに来てくれた。
ことちゃんはちょっとはにかみやさんである。この日もおかあさんの体にくっつくようにしながら来てくれた。
ことちゃんとたかあきくんは兄妹。
隣家のこどもさんである。
作文教室の初めからの生徒である。
週一回の教室の日以外に、ときどき手紙を書いてくれる。作文教室はたのしいと書いてくれる。
教室を始めたとき、髪だってこんなに白いけれど、教室ではおばあさんと呼ばないでね、とやんわりと念を押しておいた。
以来、センセイと呼んでくれる子もいるが、ことちゃん兄妹はマエナカさんと呼ぶ。
そりゃそうだろう。隣のばあさんだった人をセンセイとは呼びにくいよね。
でも、マエナカさんと呼んでくれるのうれしいのよ。
10歳にもならない人たちから名前を呼ばれるなんて、とても幸せな気分です。

木の芽煮

山椒の花、新芽を煮るのは母の真似である。
母は毎年、山椒の小さな芽が出始めると朝に夕にその成長の様子を確かめていた。摘みどきをしくじらないために。
伸び過ぎた葉は硬い。歯触り、舌ざわりがよくない。小さすぎる葉は軟らかすぎて糊のようにベタッとなる。
ちょうどの摘みごろをピタリと押さえたいのだ。
毎年、思案顔をしながら日々を過ごし、その日が来ると終日摘んでいた。
トゲに刺され引っ掻かれ、痛っ、アイタタと小さな声をあげながらせっせと摘んだ。
晴れていても雨傘を持って出るのは、高い枝をJの字の形になっている傘の柄で引っかけ、引き下ろして葉を摘み取るためだ。
そんな様子を見ながら、わたしは手伝おうとしなかった。
煮ているとき部屋中に満ちる香りは頭をジンと痺れさせるようだったし、ピリッとする味も、こどもにはおいしいものではなかった。
おとなになってからも一連の摘み取り作業は手伝わなかった。
ただ、母は、ほぼ煮あがり完了という頃、わたしに味見をさせた。
ちょっとまだ味付けが薄いという感想がいつものことだった。
そうだろうという表情で、母は少し醤油を足した。
母は、完成した木の芽煮をつくだ煮やジャムの空き瓶に詰めて、十数人もの方々にお届けしていた。
母が亡くなってから、山椒の新芽が出てくると、たぶん今が摘みどき!?と判断して、摘んでは煮ている。
山椒の花と新芽を煮るという、年に一度の春の作業を母といっしょにしなかった娘には、あの頃の味の再現はむずかしい。
まだまだ、ひとさまに差し上げられるようなものにはならない。

いまでこそ

今日もまた、わらびを摘んだ。ひとつかみ。ありがたいなーと思いながら。
太陽と雨と風が育ててくれたものを毎日のように摘み取り、30分後には食膳にある。
山椒にしても、蕗にしても、肥料もやらず、水が足らぬか?と問うてもやらず、自然のままに生え出て来たものを摘み取っては食べている。
こんな暮らしを近年になって、ありがたいと思うようになった。
血気盛んというか、いろいろな欲もあった頃は、季節のものだから、せっかく生えているのだから、年に一度ぐらいは味わってみるか…という程のこと。
まして、こどもの頃は土筆もたんぽぽもイタドリも、さんざん摘んで、摘むことに飽きたらポンと土手に投げ捨ててしまっていた。摘み散らかし、蹴散らかしの有り様であった。
こどもは無邪気、無垢ですかー?
わたしなど、田んぼからオタマジャクシをすくっては地面にぶつけて遊んでました。
男の子は蛇を木の枝に引っ掛けて、こわがる子たちを追いかけまわし、あげくには枝ごとぶん投げていた。
こどもは残酷ですよ。
いまになって、白髪の媼となって、ヤモリもゲジゲジも見つければ戸外へ出してやり、わらびも蕗も摘みながら、うれしいな、ありがたいなーと口に出る。
ムカデなどはいまでもやっぱり、みつけしだいやっつけねば!と思っているけれど。