月別アーカイブ: 2013年11月

サカトンブリ

四国からやって来ていた妹を乗せて山里の紅葉をめぐっていた日、あちこちの田んぼから煙が立ち上っている光景にひかれて、友人の田んぼあたりへと廻ってみた。
ここでも黒豆の枯れ枝や豆殻を燃やしていた。
田んぼの残り半分ほどには杭に黒豆の枝が逆さに掛けられていた。
次々と刈り取っては、あんなふうにサカトンブリに干しておくのだと説明をしてくれた。サカトンブリということばを久しぶりに聞いた。
こどものころ、逆上がりができないとき、「 もっと思いきって足を蹴りあげて、サカトンブリになれ!」と叱咤された。最近は使うことも聞くこともなかった。
友人は数人のなかまと黒豆作りをしている。勤めを退いてからの黒豆作りである。
友人は農家の生まれだが、なかまたちは農業の経験がない。手探り、手作業での黒豆作りを始めた。
いまや、農家といえど高齢者が一人で田畑におられたり、休日ごとに大型機械で一気に作業をしている風景が多い。
友人たちは60代、まだまだ若くて元気。手作業、減農薬にこだわっての黒豆作りをここ10年間続けてきた。
炎天のもとでの草引き作業に目を回し、ふらついた日もありながら、植える時期、草を抜く日、枝豆の時期、そしていまの黒豆収穫の時期、その時期ごとに友人のもとへとなかまが集まって、合宿のような状況での作業になる。
真夏には、まだ朝飯前に作業をして昼までは休み、また夕方から作業をするなど、作業スケジュールをきちんと組み立てて取り組んでいる。
わたしもそのなかまに入れてもらったことがあったが、炎天下の草引き作業中に頭がくらくら、気分が悪くなりかけた。ただの足手まといであった。以後、お呼びはかからなくなった。
それからは、枝豆のころ、黒豆ができあがったときに譲ってもらいに行くことにしている。
12月中旬には大きな粒の上等の黒豆が手にはいる。
それにしても、サカトンブリとはおもしろいことば。これはわが地方独特のことばだろうと思ったが、ためしに広辞苑を開いてみたら、ちゃんと[ 逆とんぶり ]が出ていた。

30年もみじ

障子に朝日があたって、シルエットになった木々や葉っぱが白い紙に揺れている。
障子を開ければガラスの向こうに、日に日に紅葉を深める一本のもみじの木がある。緑、黄色、オレンジ、深紅、さまざまに色づいた葉がまばゆい。
30年ほど前、母といっしょに選んで植えたもみじである。そのとき、椿も買って自宅の階段をはさむように植えた。
もう少し離して植えればよかった。歳月の間にかなり大きくなって、もみじと椿の枝が絡み合っている。
おまけにこの椿、一本と思っていたけれど、二本くっついていた。
花が咲き始めると赤い花と白い花が咲く。珍しい椿ですね~。一本の木に白い花、赤い花が咲いている珍種だろうか?と尋ねられる。
幼いころに二本をそれぞれに分けてやればよかったものを、根元のあたりできっちりとくっついている。
そんなわけで、見上げればもみじと椿、葉っぱも枝も厚く重なりあってしまっている。
大きく傘を広げたような形に育ったもみじは、毎年とても鮮やかに紅葉する。通りがかった人が立ち止まって見ておられることがある。車を停めて写真を撮られる人も。
いま、向かいの山も、ぐるりと目を移せば見える円くて低い山々も、おだやかに優しい紅葉景色である。
あとしばらくは、木枯らしが葉を吹き飛ばすまでは、紅葉景色が楽しめる。
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霧の朝

一面、薄く優しいミルク色に霞んでいる。
いつもJR駅へと走る峠のあたりは濃霧の中に木立の頭が黒く見える。あの峠を下れば、今朝も深い霧がたちこめているだろう。
このあたりが朝の太陽に照らされているころに車を走らせたのに、峠にさしかかるころは薄いベールをかき分けるような進み方となり、峠を下るときには真っ白、いやいや乳白色というのか、濃霧の中に閉じ込められる。たった数分走るだけの距離なのに、向こうとこちら、朝の情景は大きく異なる。
だんだんと霧が晴れれば、里を取り囲む円くて低い、おだやかに優しい山々に紅葉景色がパッチワークのように広がっている。家々の脇には熟柿が残り。山茶花、柚子が色を競っている。
「 なあんにも無いけど紅葉の野山 」と下手な筆文字に現した。
なんとか寺とかなんとかの庭などと賞賛される紅葉の場所は無い。でも、小さな里を囲む、山というより丘のような低い山々と、田んぼと、土手が、紅葉、黄葉に染まっている景色はまことに美しい。
あんなに暑かったのに。あんなにひどい風が吹いたのに、ようやく涼しくなったと思ったら、また夏の暑さにもなったのに…。
今年も美しい紅葉景色を見せてくれたことに、感謝、感謝。

移り気…?

ものごとがやりっぱなし、中途半端になる。
掃除をしていて、窓の向こうの紅葉の具合が気になる。ガラスが汚れている。クリーナーをOFF。窓拭きを始める。
窓の下に何か落ちている。
頭をかじられたようなスズメ。モズのはやにえとやらになっていたものだろうか?
とりあえず窓の敷居から降りてスズメを埋める。
郵便配達さんが来た。いそいそと受けとる。
どこからというあてがあるわけではないけれど、郵便が届けられるのはうれしい。
〇〇日にギャラリーぶんあんに行きます、などと知人が書いて送ってくれたかも知れない。
四国新居浜に暮らす妹からカラスウリの絵はがきが届いた。
妹は庭や散歩道で見る草花を描いては送ってくれる。
そうそう、朝からジャムを煮ていた。りんごとお芋のミックスジャム。
りんごだけを煮れば、さわやかさがおいしい。さつま芋を少し加えると、とろみと甘味が増す。このところ、このお芋を少し加えたジャムが気にいっている。
朝から煮て、冷めたらビンに詰めるつもりで、その間にクリーナーをかけていたのだった。
思い付いたとき、すぐにやっておかないと、あとまわしにすれば、思い付いたことなど忘れてしまう。
コンロの火を止めることはよくよく注意しているが、あっちにクリーナーのホースが伸びたままになっており、広げた新聞の上にメガネを置いたまま。
窓の敷居に上がるときに使った椅子も食卓に戻さぬまま窓際にある。あ~あ。
妹との電話はいつも長い。
話している最中に、あの話をしておかねばと思い付くと、すぐに話題を切り替える。今、話さないと忘れてしまうかも知れない。
60を過ぎた姉妹はお互い似たような思考力、記憶力なもので、話題があちらへこちらへと飛んではまた、繰り返しになる。
で、今日はいったい何の話がしたかったのだろう―?