月別アーカイブ: 2013年10月

紫色のようかん

栗がはじけ、豆がふくらみ、芋が熟す。
秋は次々とおいしいものが実る。
なに一つ作っていない私のところへいろいろと届けてくださる。届けていただいたものは鮮度の良いうちに加工したいので、連日、終日、皮をむいたり、あくを抜いたり、つぶしたり、こねたり、固めたり。ああだこうだの作業が続く。
この秋いちばん珍しかったのは、紫色のさつま芋。
紫芋チップスというものを食べたことはあるが、紫芋を手にするのは初めてのこと。
土のついた芋は紫というわけでもないが、端を切ってみるとなんとも濃い紫色。
食欲がそそられる色ではない。
いただいたからにはおいしく食べたい。
さて、どうして食べる?煮るか、蒸かすか?
他の具材といっしょに煮ると紫は際立つな~。主菜につけあわすといっても、難しい。紫は。
単独で味わうために、ようかんを作ることにした。
輪切りにして水にさらすと水が紫に染まる。染め物ができそうだ。
水にさらした紫芋を茹で、砂糖とひとつまみの塩を加えて練り上げる。
容器にギュギュと押さえ込むように詰め、冷蔵庫に入れた。
翌朝、どれどれ?と容器を逆さにして底をトントン叩いて中身を落とし出した。
寒天も入れてないが固まっている。
舌触りもなめらかな紫色のようかんができた。
紫という色がやっぱり気になる。
小さなともだち、3歳のタクミくんがこの前、おともだちや家族と掘ってきてくれたお芋もようかんにした。
紫色と黄金色のちょっといい感じのようかんができた。

栗 その2

隣家から毎年、栗をわけていただく。
わが家にも栗の木はあるが、手入れも何もしていなくてただ高く高くそびえている。ある日、まるで空からいが栗がポトリ、ドサリと降ってくる。それはそれでうれしい季節の便り。
両足で挟んでいがの中から実を取りだし、拾い集めた栗を入れてご飯を炊いたり、ゆでたりする。
お隣さんの栗は、それはそれは手入れのいきとどいたみごとな大粒。この栗で渋皮煮を作れば、琥珀色の仕上がりにうっとりと見惚れる。
それほどの出来栄えを得たいがために毎年、栗と格闘している。
渋皮を傷つけぬように鬼皮をむかねばならぬ。渋皮に傷がつけば渋皮煮が作れない。
渋味を抜くために何度もゆでては水を取り換え、の作業を繰り返さなければならぬ。
火力は弱くして、決して煮たたせてはならぬ。火力が強いと渋皮が破れる。
渋皮が破れた栗が混じっていると渋皮煮の液が濁る。
渋味を抜くために何度もゆでては水を取り換えを繰り返すけれど、渋味を取り過ぎてもいけない。渋皮煮だから。
作業はゆっくりゆっくり気長にすすめる。
この間、ガスコンロの前に貼り付いていなければならない。外出は不可、である。
がまん、しんぼうという格闘をしている。
渋味を抜く作業をようやく終えると、砂糖と少しの醤油で味を付け、静かに煮ていく。2時間ほど煮たら火を止めてそのまま放置し、だんだんと冷えて味がなじむのを待つ。
完成した渋皮煮が口に入るのは翌日になる。
とてもめんどうくさいけれど、秋が来たな~と思う時である。
いろいろな作り方があり、作り手それぞれの味があろうと思う。
わが家の渋皮煮は、甘さ控えめ、ちょっとあっさりめの味ではあるが、作るたびに違う味。なかなか、これぞ!という仕上がりにはならない。
この秋4回目の渋皮煮の味がなじむのを待っている。

テレビで20代の男女にいが栗から栗の実を出させていた。
あらかじめ、テーブルの上にカッターナイフ、ハンマー、トングなどの道具が並べられ、どれでも使って栗の実を取り出してください、というもの。
いがは少し口を開け、茶色の実がのぞいている。
1人め、ハサミでいがを切り裂こうとする。右手にハサミ、左手でいがを押さえようとするがイガイガが指を刺す。give up。
カッターナイフを選んだ若者も同様に、あ、痛、た、たっ、指が痛い。
1人はなんと、小さなハンマーを降り下ろした。いがを叩き潰そうとする。それでは中の実も割れる。
熟して落ちた栗は、両足の靴でいがを挟んでグリグリと割れ目を広げる。広がれば、トングで実をつまみ出せば良い。
若者の中には、栗はあの茶色の実がリンゴやサクランボのように木にぶら下がっていると思っていた人もいた。
桃、栗、三年。柿八年。猿蟹合戦。などなど。栗は珍しくもない果実だと思っていたけれど、いが栗を見たことのない人たちも多いのか?
ま、わたしにしても、パイナップルがどんなふうになっているのか見たことがない。