月別アーカイブ: 2013年8月

竜巻?

照れば炎暑、灼熱。降れば豪雨、洪水。風は竜巻、つむじ風。
まったく、この夏の天気は激しく凄まじい。
雨の予報があったので折りたたみ傘をバッグに入れて出かけた。
大阪豊中にある民家集落博物館の南部の曲家に展示物を搬入するために。
毎年、ちょうど今頃、場所も同じ南部の曲家で、毛筆で描いた絵やことばなどを展示させてもらっている。
わたしの作品ではない。紙漉き工房どんぶりの家で月に一回、[ことば遊び]という時間を共有している人たちの作品展である。
ことば遊びといいながら、絵を描く人のほうが多い。
ヒロキさんの絵は、色も構図も力強く大胆。
ミカさんはピンクが好きで、つの字、のの字の大小、配置に、いつも一生懸命に取り組む。
セイジさんが地色を塗り、おかあさんが色と季節にあわせて童謡を書かれる。
ジュンくんはカレンダーの数字を書いたり、いろはかるたを書き写したり。
各人各様に絵の具や墨汁を筆につけて、もくもくと筆を運ぶ。
ことば遊びは?
ミカさんのおねえちゃん、ミカさんのおかあさんがもっぱらことばや文字をひとくふうされる。
おねえちゃんの手になれば、春という字はうらうらと春らしく、夏という字はカンカン照りを思わせる。
ヒロキさんのおかあさんも優しい花の絵にことばを添えられる。
サポーターのシオムラさんはいつも水彩の道具一式持参で、繊細な絵を描かれる。
月に一回のことば遊びの時間への飛び入り参加もある。アオバさん、マツモトさん、スズキさん。
参加される人も、迎え入れる人も少しもためらわず、前置きも、説明もなく、空いた椅子に座って、紙を筆を選んで描きはじめる。
どんぶりならではのざっくばらんないいところ。
さて、ここでわたしの役割は…? しばしば自問自答することがある。自答ができないままに年月がたっている。
格別の指導も何もできない。ただ、見て、感心して、賞賛しているだけである。
南部の曲家というすばらしい場所を得て、三回目の展示会になる。大きな茅葺き屋根、板敷きの部屋が展示スペース。
曲家の備品であるイーゼルを立て、作品を置いていく。
ヒロキさんの絵も、ミカさんの字も、セイジさんとおかあさんの合作も、ジュンくんのカレンダーも、この曲家の部屋に置かれるととても映える。
9月6日までの展示である。
夕方、帰宅。曇ってはいたが結局は降らず、折りたたみ傘は使わずであった。
夜、電話があった。
「だいじょうぶですか」。
今日の搬入作業でいっしょだったシオムラさんからだった。
なんのことやら…?
竜巻があったのではないですか?シオムラさんは心配げに尋ねてくださる。
よく理解をしないまま朝になった。
あちらこちらから電話、電話。
心配してくださった方々の多いのに驚いたり喜んだりであった。
わたし自身が一番状況がわかっていなかった。
それから、あれやこれやの情報を集めれば、竜巻かもしれない強風が吹き、丘の上にある温泉施設の駐車場にあった車を持ち上げ移動させ、運転席の人にけがを負わせた。ガラスが割れ、瓦が飛ばされた。
調べが進めば、I地区から丘の上の温泉を通り、Y地区へと続く線上の稲が倒れ、ビニールハウスが吹き飛ばされていた。
I地区の知人によれば、工事現場に運ぶ予定だった仮設トイレが倒れたらしい。
温泉にほど近いわが家の有り様を知っている知人友人たちが、次々と安否を尋ねてくれた。
風が通った道筋は道路を挟んで向かい側であった。
こちら側であったら、桧、桜、椿などの高い木々に囲まれた小さなわが家は、倒木に押しつぶされていたかもしれない。
今朝は朝からリリリ、ジージー、虫の声。
開けた窓を閉め戻し、一枚重ね着をした。

惜しい、つくづく!?

立秋を過ぎてから、ぐんぐんと気温は上昇し、あの日本一の清流を誇る四万十市では41℃を記録した。
各地の気温最高値が年々、上がる。
豪雨もまた、西で東で人びとをおびえさせる。
毎年毎夏、異常気象だと言われるが、このような状態がそのうち、いつもの夏の状態と定まってしまうのだろうか。
が、山里―。
生き物たちはいち早く季節の移ろいを知ってか、蝉の鳴き声が少なくなった。
盆とんぼ(赤とんぼ)がツーと舞い、肩先に止まったりする。
ホーシホーシ、ツクツクホーシ、行く夏をつくづく惜しむか法師蝉が鳴く。
とは言うものの、残暑厳しかった。本日も。
おっ、スイッチョンが床を歩いている。

あのころ

蛇口をひねると井戸水が出てくる。ヒヤッと冷たい。
ゆであげたそうめんを井戸水でギュギュッともみ洗う。
夏休みの昼ごはんは、そうめん、ひやむぎ、畑で熟れたトマトがいつも山盛り。
青臭いというか、お日さん臭いというか、独特のにおいがするトマトが食卓にもおやつにも登場してウンザリだったな―。
ピンクや黄色、緑色の麺が数本混じっているひやむぎのときは、なんとなく楽しい。
昼ごはんのあとは家族みんなで昼寝。たぶん、どこの家でも昼寝。
踏めばギシギシ鳴り、地団駄踏めば破れそうな広―い板の間に寝っころがると、ひんやりとして気持ちがいい。
紙障子も板戸もふすまも、みんな開け放してあるから東西南北、風が吹き抜ける。
おtなたちはゆっくりと昼寝。
こどもたちは昼寝もそこそこに、誘い合わせて水遊びに出かける。ワンピースの下にはもう水着を着こんで。
畑には背の高い葵やひまわり。
ミンミン、ガシャガシャ、蝉が騒ぐ陽射しの中をゴム草履をつっかけて、砂ぼこりに足を白くさせながら、集落の入り口にあるシモノイケまで行く。
池の中、縄で囲まれた区域がある。夏休みの前に父や母がここで遊んでもよいという線引きをしてくれている。
池の畔に沿う道路からは行けない場所である。
ずうっと以前から定められている場所で、道路からは行けない場所に行くには、川を歩いて行くことになっている。
池につながる川の浅瀬を選びながら歩いて行く。
小さなカニや魚を蹴散らすようにザブザブと歩いていけば、もう足はすっかり冷えている。
池に到着。
干上がってできた砂地に服を脱ぎタオルを置いて、そそくさとラジオ体操をやり、池の中へと走り込む。
池の水は冷たくて、すぐに唇が真っ青になった。
大人が付き添うことはなかった。
唇を青ざめさせた子がいたら、上級生が声をかけて水から上がらせた。
浮き輪も持たず、水から出たり入ったりを繰り返し、また川を歩いて家へ帰る。体はすっかり冷えきっている。
あのころ、池や川が遊び場だった。学校にまだまだプールは無かった。

夏の朝 2

雨戸を繰ると、網戸に蝉が数匹くっついている。
この頃はアブラ蝉が多くなった。アブラ蝉ばかり10匹もくっついている。地面にはポツポツ、ポツと幼虫が抜け出た穴が開いている。
ニイニイ蝉からアブラ蝉へと夏の経過を思い、敷居のレールで轢きつぶさなくてよかったと思いながらもうひとつの雨戸を繰れば、雨戸の隙間に蛇が居た。多分、長ーく伸びていたのだろう。ガラガラと雨戸を繰られて仰天したのだろうな…。とぐろを巻いてボール状になった。
自分のものと思えぬ悲鳴が出た。
雷のときも騒いでしまうが、そちらの方がまだ余裕がある声かもしれない。
蛇が怖いわけでもない。見なれている。
けれど、出くわす場所、タイミングによりけりである。
昔、茅葺き屋根の生家では仏壇の隙間に入っていく蛇を見た。蛇は家の守り神だなどと言われては騒ぎ怯える訳にもいかない。
男の子たちは棒っ切れの先に蛇を絡みつかせて、仲間を追いまわしていたなー。
あのとき、逃げながらあげた悲鳴には遊びふざけた声も混じっていた。
蛇が噛みつくわけでない。が、やっぱり幾十年の年を重ねても、やっぱり好もしいものではない。
ムカデに蛇、灯のもとに近づこうとしてか網戸にへばりついて夜を明かす蝉たち。ムカデに似てムカデより脚の長いゲジゲジも雨戸の隙間から這い出してくる。
夏の朝、雨戸を繰るにも油断ならない。