月別アーカイブ: 2013年5月

どなた?

雨の中、Mちゃんが山蕗とほうれん草を届けてくださった。
Mちゃんは小学校の同級生である。ときどき、元気な野菜を届けていただく。本日の野菜も、これは何?というほどに大きなほうれん草と、葉を取り、茎を揃えて束に結わえた山蕗。このまま店に並べられそうにきれいに整えられた野菜であった。
ご近所からも、いま掘り上げたばかりという土のついた野菜をいただく。
留守をしていたときは、野菜の入った段ボール箱に、食べてください。〇〇、とお名前が書いてある。
玄関のドアノブに、大きな夏みかんの入った袋がぶら下がっているときは、可愛い絵柄の便箋に、熊本のおばあちゃんのみかんです、と書いてある。
以前、近所に住まわれていたが、現在はお顔を見る機会もめったにない。なのに、故郷のおばあちゃんのお庭のみかんが実ったから、と届けてくださる。
あらかじめ、不在のときのための用意をしてくださっている。いつものこと。ありがたいこと。
果汁たっぷりのみかんの実も皮も全て使ってジャムにする。
玄関の扉に苺の入った袋が下げられていた。中にはメモ書きもなにも入っていない。苺は買ってきたものであった。さて、誰だろう?
電話があるだろうか、と待ったが、いっこうに電話は鳴らない。心当たりの二人に尋ねたがご当人ではなかった。
誰彼に尋ねるわけにもいかず、いっとき迷いはしたが、結局、おいしくいただいてしまった。
誰からの贈り物かを確かめもせず、食べてしまったの?と忠告されたが、まさかねー。
それにしても、どなた?苺をくださったのは。

やれやれ…

昨今は田舎のこどもたちも蛾におびえる。
どこの家にもエアコン完備で、日々窓を開け放つということがなくなって、家の中に蛾が舞うこともないからか?
小学生が数人、我が家に来ていたとき、一匹の蛾が羽を休めていたのに気づいた。やや大きめ、羽にくっきりと鮮やかに黒い縦じまがはいって、見ようによっては、きれいでもあり、妖しげでもあるような。
声をあげたのは男の子であった。
窓から追い出すのか、それとも叩きつぶすのかとも思ったら、悲鳴である。手も何も出せそうにない。他の誰かがどうにかするかと見ていたけれど、動き出す者はいない。
わたしは、といえば、蛾の一匹や二匹、家の中に居ようがどうということもない。
ただ、台所で調理中にバタバタ飛び回られると羽の粉が飛散するし、匂いにつられてか蓋をはずしている鍋の中に落ちたりする。それが迷惑なので、窓の外へ追いやるか、パシンとつぶしてしまう。
かつて、といってもわたしが小学生だったころといえば、もう半世紀以上も昔のことになる。
この里界隈の家々に扇風機もなかったころ。
玄関も窓も縁側の紙障子も、みんな開け放されていた。部屋のあちこちに〇〇百貨店、〇〇薬局などと印刷された朝顔柄や花火の絵の団扇が落ちていた。
蛾も蚊も蛍も、クワガタだってツバメだって出入りしていた。
突然鳴き出す夜の蝉はうるさかった。
神棚に止まって寝ていてくれればいいものを、ツバメも急に飛び回ったりするので、ほこりや煤がバラバラ落ちてきた。
なぜか、そんな家でムカデに咬まれたことがない。
赤ん坊だって、畳の上に薄い布団を敷いて寝かされていた。
開け放された戸、紙障子の外に緑の稲田が広がり、風が縁側から家のなかを吹き抜けていた。
いま、この里の家の多くに縁側など無い。紙障子の外側にもう一枚ガラスの戸が入っている。そしてどの家にもエアコンがある。
昼間はともかく、夜に開け放された窓などあろうか?近年は防犯上のこともあろうが…。ピタリとカーテンが引かれた家ばかりである。
家の中に入り込んだ蛾は珍しいのか、こどもたちの悲鳴であった。
静かに羽を休めている蛾にさえ悲鳴が上がるようでは、飛び立ちでもすれば大騒ぎとなりそうで、半世紀前には蚊も蛾もオタマジャクシもたたきつぶして?遊んでいたわたしが動く。
ちら、と考える。
ここで叩き潰すのは、丸かバツかと。こんなことが頭をよぎる。当節、何でもかんでも命をたいせつに!である。エイ!メンドクサイが、ここは善人になってみようか。
蛾は両掌にそっと覆って窓の外へヒョイと放す。
男の子たちが、「スゴーイ!」
やれやれ。

ジャム

一年中、果物や野菜でジャムを作っている。
できるかぎりこの山里、地元の素材で作りたい。
このあたり、大規模に果物や野菜を作っておられる農家というものはないので、春には春の、夏には夏の野菜、果物だけが手に入るのがいいと思っている。
それも、季節の訪れは遅れがちである。都会のスーパーやデパートにいち早く季節の訪れを知らせる果物が並んだとしても、この里ではまだまだ先になる。
ようやくイチゴが店にならび始めた。
格別、粒ぞろいのみごとなイチゴがパックに詰められているわけでもない。値段はとても安い。
かなり小粒ではあるが、待っていた地元産である。3パック買ってきた。1パックに約300グラム入っている。
いく粒か味わって、あとはジャムにした。
イチゴと砂糖とレモン。ふつふつと沸き立つ。あくをすくう。イチゴの粒を残したままとろりと煮詰まってくる。
これからの季節、梅が実り、トマトが赤くなるのが待ち遠しい。
トマト、柿、柚子、人参のジャムもいい。みんな、この里で芽吹き、熟す。
ジャムを煮ているとき、家の中にはあまずっぱい匂いが満ちる。

寝不足

このところ睡眠不足である。部屋の電気をつけっぱなしで眠ることにまだ慣れない。眩しくて目が覚める。
本来は、部屋の照明は消して枕元のスタンドをうすぼんやり灯した状況で眠るのが安眠の条件なのだけれど、シーズン中は部屋を明るくしたままで眠ることにしている。
何のシーズンかというと、ムカデ出没シーズンである。
凍てつく冬期は人間も縮こまっているが、あらゆる虫たちも穴の中にいるのか世代交代でサナギ状態にあるためか、家の外にも中にも困った虫が蠢いていることはない。
もやもやとまさに山々が笑って春が来て、桜が咲き草が萌え、よもぎタンポポ、つくし、ワラビが一帯を覆い始めると、蟻が蝶が蜂も蛾も這い出し飛び交い始めた。
人も虫もみんなみんなが気持ちの良い季節になった。
草を刈りに出れば、目のまわりをブヨが飛び回り、目の中に入ってくる。咲いた椿に顔を寄せれば、蜜蜂が向かってくる。しつこいブヨにも蜂たちにも悩まされるが、一番困るのはムカデである。
山里のことで、誰彼からムカデが出た、咬まれたの話を聞く。珍しいことではない。
十余年前にこの家に暮らし始めた頃、ムカデが出ようものなら大騒ぎをした。殺虫剤を噴射する、スリッパで叩く、なかなか一撃では仕留められない。
年月がたち、殺虫剤よりもスリッパよりも、少量のお湯をかければ動かなくなることが解った。ムカデがこっぱみじんになることもないし、床がべたつくこともない。
ただ、夜中、暗がりに出るムカデはやっかいだ。
5年も前のこと。
就寝中、額に何かの気配を感じて手で払った。それよりも一瞬早くチクリと痛み。もしやムカデ?飛び起きて電気をつけたら、やっぱりムカデ。
以前にも咬まれたことがある。その箇所は部厚い我がお尻であった。それもジーンズで土間の敷居に座っていたとき。ムカデにも効き目があるという塗り薬を刷り込んだだけでやがて治った。
今回はかばう衣服もない額である。オデコである。ムカデの毒が脳に回ったらどうしようなどと思ってしまった。
救急車のお世話になり、救急車の中で気を失い、気がついた時は病院のベッドで点滴を受けていた。
それ以来、ムカデが出る間は電気をつけたまま寝ることにした。
明るければムカデが出ないというわけではないけれど、暗闇でムカデに咬まれたショックがいまも強くて、シーズン中は暗い部屋で眠れない。
シーズンはまだ始まったばかりである。明るいままで熟睡できるのはもう少し先になる。

ゴールデンウィーク。里は、新緑、若葉を楽しむ人びとで賑わっていた。
兼業農家の多い里である。どこの田んぼにも働く人びとの姿があった。
田んぼに水が張られると、とたんに蛙の鳴き声がにぎやかになった。
雨の夜道を車で走っていると、ライトの中に点々と、小石のようなものが散らばっているのが浮かび上がる。
近づくにつれてそれらが蛙だとわかる。避けたいけれど避けきれない。たぶん、何度か何匹か轢いて通ったと思う。
目の前に近づいてくるのは上向きに手足を広げてつぶれた大きな蛙。
横向きに座りこんでいる中型の蛙。あまりにもゆっくり移動しようとする。早くのいてくれ、早く早く。
かろうじて交わせたかもしれぬ。
昼間、同じ道路を走っても、たまにペチャンコにつぶれた蛙を見ることはあるけれど、蛙のおびただしい轢死体を見ることはない。
夜明け早々にカラスなどが食べてしまうのだろうか?

4月から5月にかけての連休、今年は晴天が続いている。
山々は、新芽若葉の色が様々で太陽にひかりかがやいている。まさにゴールデンウィークの呼び名にふさわしい景色である。
国道を走れば、ふだんなら前にも後ろからも車の姿を見ないまま走るのだけれど、昨日、今日は車が列を作っている。
わたしは、どこといって出かける予定もない。
例の枝切り鋏を持ち出して、未だ刈り残したままになっている枯れ草を刈ることにした。
刈り始めたころは枯れ草だったが、今は枯れ草の中からニョキニョキと緑の草がのびている。
草を刈り取った地面はもう緑に覆われているし、茅などはビンビン勢いよくのびあがってきている。
うれしいことには、摘んでも摘んでもまたワラビが摘めること。
がんばって枯れ草を刈り取ったので、ワラビが伸びやすくはびこりやすくなったのか、ぐるりと歩けば、ひとつかみ、らくらく摘むことができる。
立った姿勢のままでは見つけにくいが、しゃがめば目の前、その横にも、そのまた後ろにもワラビが。
膝を曲げたままでワラビ摘みをしていたら、筍あげようか?の声。
知人夫婦であった。軽トラックの荷台に筍がたくさん積んである。
いま掘ってきたところ。
ありがたいこと。
1本だけいただくことに。
糠が無い。
家から持ってきてあげるとの申し出を辞退した。いま掘りたてである。糠など無くてもきっとだいじょうぶ。
いつもなら、皮をつけたまま、糠を入れてゆでるのだけれど、糠の無いこのたびは皮をはがしてゆでることにした。
店で筍を買うと糠が添えられている。筍ゆでるには糠がなければならないと思っていたけれど、掘りたて筍をゆでるには糠は要らないことがわかった。
ワラビだって同じこと。他の菜っぱ類と同様にただゆでるだけでよい。
初たけのこと何度めかのワラビ、春の味満喫、満足。