作成者別アーカイブ: 前中 和子

上天気

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立春の朝、赤い唇をちょっとつき出したような愛らしい風情に、春が来た!と浮かれた。
けれど、いつまでたっても赤い唇はおちょぼ口のまんまである。
わが家の2本の椿の蕾はまだ開かない。
裏山の白い馬酔木が咲き、玄関前の桃色の馬酔木も蕾を大きくふくらませている。
朝に夕に、咲くか?咲いたか?と見に出ている。
暖かい上天気が続く。
椿も桃色の馬酔木も、明日は咲くかなア?

春!?

dav

もしかしたら蕾?
雪に紛れているが、確かに蕾がふくらんでいる。
2度も植え替えられて、そのつど樹勢をそがれた梅の木が、それでも蕾をふくらませ、花を咲かせ、実をつける。
ことしも”春”を知らせてくれる。

走る子

dav

「今年も手を振りに来てください」
年賀状が届いた。
小学校のマラソン大会の日、毎回、応援に行く。
「がんばってるね」
「もう少し」
「がんばれ~」
手を振りながら声援する。
この里の小学校は各学年1クラスである。
今年は幼稚園児も走るそうだ。黄色い園児服が可愛い。
ヨーイ、ドン!
速い、速い。だいじょうぶか?あんなに駆けて。
校庭を出て、道路を走る。坂道を登って校庭へと戻ってくる。
走る距離は学年ごとに延びる。
黄色のヒヨコちゃんたちも、長い髪を背になびかせる上級生たちも、走った。走った。
チラッと横目に見留めてくれた子、うつむいて苦しげな子、キッと前を向いてひた走る子。
あの子もこの子も、大きくなった。たくましくなった。

満月

dav

1月21日、いつもに増して大きなお月さん。
午後8時の山里に人の姿は無い。
店も無いので、看板を照らす明かりも無い。店からあふれでる灯も無い。
路傍の街灯、人家の軒灯、窓の灯がポツポツとあるばかり。
お月さんといっしょに、家人を迎えに駅まで走った。

翌朝6時。
まだ暗い空にお月さん。
家人を駅まで送り、家へと戻った。
だんだんと東の山際が明るんで来た。
お月さんは、役目交代というかのように、白く淡くなった。

“西郷どん”の歌

dav

店で食事をしていたら窓越しに声がかかった。
幼なじみ、当時は上級生も下級生も一緒に群れ遊んでいたから、年は離れているけれど幼なじみである。
「良いところで」
「お久しぶりで」
「尋ねたいことが」
こどもの頃、遊びながら歌っていた詞を思い出そうとしている、とのこと。
「いちかけ、にかけ さんかけて……」
「ああ、おじゃみ(お手玉)のときの?」
あの歌に西郷隆盛が出てこなかったか?テレビで”西郷どん”を見ていてふと思い出して……。
♪明治十年戦役に~と歌っていたが、あれは西南戦争のことでは?
「たしか、西郷隆盛の名前も出てくるはず」
思い起こしながら繰り返し歌ってみる。
あった。
♪わたしは西郷隆盛の娘、のくだりもあった。
半世紀、いや60年も前、山河遥かな山里の小学生たちがお手玉をしながら”西郷どん”のことを歌っていた。
西郷隆盛は誰?と親やおとなに尋ねなかったのだろうか?
ただ、お手玉をしながら西南戦争を歌っていた。
歌詞は長く、詞の終わりまでお手玉を続けていることは難しかった。
歌詞の終わりの合図、ドン! までお手玉を落とさずに続けることができたら誇らしかった。
老女二人で声をひそめながら歌いあって、胸のつかえがほどけたような気もしたけれど、正しく歌詞を思い出せたかどうか、定かではない。
またしてもモヤモヤしている。

モヤモヤ

dav

ホッチキスが無い。ハサミが無い。
他に誰もいない。無くしたのは自分である。
ついさっき手にしたものがなぜ見つからぬ。
焦るままにもうひとつのホッチキスを取り出そうとしたら、ちゃんと元の場所に納まっていたりする。
時間がたっているときは、自分の行動を思い出してみる。歩いた跡をなぞってみる。
もしかトイレの棚か?とのぞいてみる。
小さなハサミひとつ無くても困りはしないが、思い出せない自分が腹立たしい。
あった、やっぱりここだった、と喜び安堵するときもあれば、日を経て、なぜここに?というときもある。
いまだに見つからぬモノたちもある。
今、気になっているのは、本の中の数行の文章。
そうだ、そのとおり、と思って読み進んだ。
後日、ふと思い出そうとしたが、ことばのひとかけらも思い出せない。
正月前に3週間の期間で借り出した9冊の本の中の文章だった。
あれかこれかとページを繰るが、本のタイトルも思い出せない。
返却日が迫っている。
モヤモヤしている。

花束

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隣家のことちゃんは小学1年生からピアノを習っている。
ことちゃんのお母さんが少女だった頃に習っていた先生のところへ、お母さんに送迎してもらって通ってきた。
ピアノを習い始めたことちゃんに約束した。
発表会にはお花を持って行くよ、と。
発表会は毎年12月初めの土曜日にある。
初めての年、バラの花を1本持って行った。
たった1本?と思っただろうなぁ。
翌年には2本、翌々年には3本、そして今年は6本持って行った。
白いカスミソウと一緒にまとめてもらったら、ちょっとした花束になった。
ことちゃんは来春には中学生になる。
小学校卒業を機にピアノも卒業するらしい。
10本、20本の花束を持って行く日を楽しみにしていたのだけれど……。

自惚れモミジ?

dav

わが家の1本のモミジ。30数年前に小さな木を買い求めて母と植えた。
今では高く大きく育って枝葉を広げ、築30有余年の朽ちた家を覆い隠してくれている。
ご近所の人が、あなたのお母さんのお葬式の日、紅葉がとてもきれいだった、と言ってくださる。
17年も前のことである。
晩年の母は家の周りを杖をついてトボトボと歩いていた。
木も花も、きれいきれいと誉めてやれば、きれいに丈夫に育つ、と言っていた。
母が亡くなった年齢に近づくにつれて母の口ぐせが思い出され、仕草が似てくる。
朝に夕に、杖をつきつつモミジを眺めに出ては、きれいきれいと賞賛している。
モミジはすっかり自惚れて、赤あかときれいになったのかなア?

紅葉の里

dav

めっちゃ山がきれいや~。
声は若いカップルの男性から。
山の麓の川の堤から中腹へ、頂へ……。
低くてなだらかな山々の紅葉景色が、小さな里を取り巻いている。
日用の品々を売る店が一軒も無い。
めっちゃきれいな紅葉の日々がある。