作成者別アーカイブ: 前中 和子

緊張

3ヵ月ぶりに車の運転をした。
買い物も温泉にもお連れしますよ、と隣人が声をかけてくださる。
自分でできるはず、と思いながら、買い物に、温泉にも、連れて行っていただいた。
久しぶりに運転席に座った。ちょっと緊張。
朝6時。
ライトを点けて走り出した。
対向車も後ろに続いて来る車も無いのに、スピードが出せない。
のろのろと走り、峠を越えて駅まで送る。
たった5分の道のりなのに、肩、腕がこわばった。
ともあれ、日常生活で自分でできることがだんだんと増えていく。

これから

dav

少~し、山々の紅葉が始まっていた。
11月4日、自宅に戻った日。
玄関脇の大きな檜の根元にツワブキが満開になっていた。
ツワブキの傍らにはマンリョウの実がだいぶん赤くなってきていた。
小さなヤブコウジも赤い実をつけている。
マンリョウは真冬に野鳥たちが実をついばみ、食べつくし、プイプイと糞を落とすものだから、
家の周りにたくさん育っている。
ナンテンもまだ真っ赤とは言えない実をびっしりとつけている。
1本のモミジの木がまばらに赤く染まっている。
モミジに押しのけられるようになりながら、サザンカがピンクの花をつけている。
わが家の周りの秋景色は、これからこれからきれいになる。

明後日

少し晴れかけたけれど、まだまだ濃い霧がある。
空には、輝かぬ白い太陽がペタンと貼り付いている。
わが家のあたりは、きっと、青空に太陽が輝いているのだろうなぁ。霧の降らない里である。
11月。そろそろ紅葉が始まっているだろう。
紅葉の名所も名木もないけれど、
山も川辺の土手もひとつながりになる、里全体の紅葉景色が
優しくて、おだやかなやすらぎの時間をくれる。
あと2日、わが家に帰る。

太陽の脚

湯を沸かし、野菜を刻み、卵を焼き……。慌ただしくもあり、満ち足りているようでもありのふだんの朝のひととき。
この頃は、朝陽の昇る景色を見ている。
今朝は山の上に灰色の雲がかかっていた。
雲と空の境界は橙色に縁どられ、橙色の縁どりから放射状に太陽の脚が伸びている。
出るぞ、昇るぞ、太陽神のお出ましだぞー!そんなふうだな、と今朝は見た。

日の出

dav

廊下の行き止まりに椅子が2つ。
毎朝晩、そこに座って話していた人たちが退院していかれた。
空いた椅子に座れば、向かいの山から太陽が昇ってくる。
まだ太陽が見えない頃は、山々の尾根の上あたりの雲は、柿色や橙色に染まっていた。
しばらく柿色の空を眺めているうちに太陽がのぞき始めた。
目をつむりたくなる眩しさがはじけ、光が広がって行く。一帯の柿色がだんだんとくすんできた。
太陽がスルリと山の端から抜け出たのは、10月29日6時37分であった。
日の出の瞬間を見守るなんてことはめったにない。
母は毎朝、自分流の体操をしながら日の出を迎えると、パンパンと手を打って、
ああ、お日さんはありがたい、と呟いていた。
あの頃の母親の年齢になっている。
体操もしなければなア。

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一筋、ひとかけらの雲も無かった青空に、すーっと白いものが現れて、綿菓子みたいになった。
それから……。そっと箸でさばかれたように広がっていった。
雲は湧くもの。雲は生まれるものなんだなア。
親羊と寄り添う子羊に見えていた雲が、ほんのしばらくしたら、ふわふわーっと千切れて、形が変わっていった。
なんだか、羊の刈り取られた毛がぽかりぽかりと浮かんでいる景色になった。

病室の窓から空を見上げている。

やったね~。

部屋から霧を眺めていた頃、若い彼女は無事に城趾に登り着いたようだ。
朝陽を帯びた霧の海、ポカリポカリと霧の海から頂を出している山々を撮影している。
グルリと動画もアップされている。
やったね~。
4時起きと言っていたけれど、ちゃんと自分で目を覚ましたんだねぇ。
昔、私も充分に若かった頃、雲海の撮影に、遠く三瓶山まで出かけた。
自分で撮影するわけではなかった。
早朝、ドンドンとドアを叩かれ、まだ暗い山道を車で登って行った。
壮大な景色に感動したが、起こされ、車に押し込められ、連れて行かれたに過ぎぬ。
それも仕事で。

見えた?

dav

今日もまた、深い霧の朝。病室から霧に煙る木々を見ている。
車で20分離れた私の暮らす里にはめったに霧は降らないけれど、ここではたびたび霧の朝を迎えている。
いつもの秋の今頃なら、晴れ晴れとした青空に深呼吸をしているだろうなア。
ずうっと長期にわたってリハビリにかかわってもらっている若い彼女は、今日の早朝から、カメラを持って古城趾に登るのだと言っていた。
眼下に予期していた霧の海は見えただろうか?

dav

当分の間、病院暮らしです、と知らせたら、目は不自由ではないのだから、と3人の人から本が届いた。
本そのものの重量も、内容も、軽いものが良かろうと文庫本や写真集や絵本が届いた。
入院前の自宅に宅急便で届いた。
入院してからは、手提げ袋に本を詰めて持ってきてくれる人もある。
これまで、読みたい本は自分で選ぶばかりであった。自然と傾向が同じようなものに固まっていた。
この度の入院で届いた本の中には読んだものもあって、
彼女も同じ作家に興味があるのだなア、と頬が緩んだりした。
ほとんどは自分で手にとることが無かった本であった。
狭い病室での日々、眠れぬ時間は本を読む。
本の分野が少し広がった。

霧の朝

ただ一面に立ち込めた
牧場の朝の霧の海……

霧の中に朝陽もあって、乳白色の霧が少しピンクや朱色がかって見えるところもある。
手近な木々は薄黒く、その向こうに見えるはずのおだやかに丸い形の山々が、今朝は見えない。
この町のシンボル、今は城跡だけになっているが、別名、霧ヶ城でもあった。それほど霧が多い。
車で20分、わが家のあたりは今ごろ、朝陽が晴れ晴れと照っているだろう。
めったに霧の降りぬ里である。