作成者別アーカイブ: 前中 和子

かも知れぬ。

dav

山里暮らし、不思議なことがチョイチョイ起きる。
ちょっと来い!と激しく呼びかける鳥はコジュケイだと判明した。
勝手口の履き物がまたしても無くなるのは、キツネかタヌキがくわえて行くらしい。
もう飽きたのか、この頃、勝手口の履き物は無事である。
近ごろまた、判明しないことが起きている。
林の木を何本か伐採したとき、頃合いの寸法に裁断してもらって林の中に置いた。どっしりと安定感のある椅子ができた。
ある朝、1つが横倒しになっていた。
前夜、風が強かったので倒れたのだろうか?昨夏の大嵐にも倒れなかったのに……。
ヨイショと起こして立てた。倒れないようにゴリゴリとねじ込むように立てた。
あれから半月。
また倒れていた。
前夜は風も吹かぬ穏やかな夜だった。
家の周りには、夜な夜なシカの糞が落ちている。木の皮や枝をかじりとった痕もある。
イノシシがゴロンゴロンと転げ回った跡だと教えられた場所もある。
その角、その牙で押し倒したのかなア?
モグラが持ち上げたとか?
かも知れぬ。
そんな山里暮らしである。

咲いた。咲いた。

dav

「もう来ていますよ」とお隣さんは言われたが、わたしはようやく今日(3月13日)、鶯の声を聴いた。
林には白いアシビがあちらこちらに咲き、玄関前にはピンクのアシビが満開になった。
節分の頃に赤い唇をほんのポチりと突き出したまんま、蕾がさっぱり開かなかった椿が、ようやく、ようやく、咲いた。
海近くに暮らす人からイカナゴや茎ワカメを煮たのをいただいた。
春が来た。

にぎやかになって……。

dav

赤いのや青いのが点々と。車の屋根にも車体にも。
鳥の糞である。
林がにぎやかになって、糞が盛大に落ちて来るようになった。
サッと拭いたぐらいではとれない。ゴシゴシとこすり落とさねばならぬ。
落ちた糞から芽を出し、育つのだろう。家の周りには赤いマンリョウ、ナンテンなどが増えていく。
青い糞はジャノヒゲだろうか?
草むらの中の実はあまり目立たない。よくぞ見つけるものだなぁ。青い糞の素になりそうな実は他には無い。
銀色が好みなのか?車は糞だらけである。
近くの洗濯物は汚されず、出入りする私の頭上にも糞を落とされたことは、まだ無い。
家の周りの赤い実は、今日明日にも食べ尽くされるだろう。
毎年の情景である。

たたけば、たたくほど…?

dav

餅つきに誘われた。
というよりは、餅つきをすると聞いて、「丸めるの上手です」とアピールしたので、先方さまは「どうぞ」と言わざるを得なかったかも知れぬ。
餅をつくのは今はいずこも餅つき機である。
杵と臼は登場しないが、それでも餅つき好きである。
餅をつきたい訳ではない。
餅つきをする日、餅つきが行われる場所に満ちた幸せ感が懐かしい。
山里育ちである。
正月はもちろん、村のお宮の祭りの日にも、家族の誕生日にも、隣近所の祝いごとにも、杵と臼で餅をついた。
学生時代、下宿先から帰省したら、隣家から餡こがどっさりまぶされた餅が届いたりした。
何かというと餅つきがあった。
1度に2臼も3臼もつく。
1つは、小さくちぎって丸める。
1つは、小豆餡をからめる。
1つは、そのまま平らにのしておく。後日、薄く切ってムシロに並べて干し、かき餅を作る。
小さな丸餅を作るとき、冷めない内に手早く丸めなければ、シワのないきれいな餅にはならない。
つきたてを指でクニュッとちぎりとるのはヤケドしそうな熱さで、母の手は真っ赤になった。
ちぎられたアツアツの餅を父は左の手のひらに載せ、右の手のひらでパンッ!とたたいて丸めていった。
「餅とこどもの頭は、たたけばたたくほど良くなる、と言い伝えられている」と驚かせたり、笑わせたりした。
父の手もとを見よう見まね。わたしは餅を丸めるのが上手になった。パン、パンッとたたくのがコツである。

本日の餅つきは、お雛さまの菱餅作りのためであった。
「丸めるの上手です」というわたしの出番は無かったのに、心やさしい友人は、丸める分をとりよけてくれた。
「さすが、お上手」とほめられた餅をみやげにいただいて帰った。

上天気

dav

立春の朝、赤い唇をちょっとつき出したような愛らしい風情に、春が来た!と浮かれた。
けれど、いつまでたっても赤い唇はおちょぼ口のまんまである。
わが家の2本の椿の蕾はまだ開かない。
裏山の白い馬酔木が咲き、玄関前の桃色の馬酔木も蕾を大きくふくらませている。
朝に夕に、咲くか?咲いたか?と見に出ている。
暖かい上天気が続く。
椿も桃色の馬酔木も、明日は咲くかなア?

春!?

dav

もしかしたら蕾?
雪に紛れているが、確かに蕾がふくらんでいる。
2度も植え替えられて、そのつど樹勢をそがれた梅の木が、それでも蕾をふくらませ、花を咲かせ、実をつける。
ことしも”春”を知らせてくれる。

走る子

dav

「今年も手を振りに来てください」
年賀状が届いた。
小学校のマラソン大会の日、毎回、応援に行く。
「がんばってるね」
「もう少し」
「がんばれ~」
手を振りながら声援する。
この里の小学校は各学年1クラスである。
今年は幼稚園児も走るそうだ。黄色い園児服が可愛い。
ヨーイ、ドン!
速い、速い。だいじょうぶか?あんなに駆けて。
校庭を出て、道路を走る。坂道を登って校庭へと戻ってくる。
走る距離は学年ごとに延びる。
黄色のヒヨコちゃんたちも、長い髪を背になびかせる上級生たちも、走った。走った。
チラッと横目に見留めてくれた子、うつむいて苦しげな子、キッと前を向いてひた走る子。
あの子もこの子も、大きくなった。たくましくなった。

満月

dav

1月21日、いつもに増して大きなお月さん。
午後8時の山里に人の姿は無い。
店も無いので、看板を照らす明かりも無い。店からあふれでる灯も無い。
路傍の街灯、人家の軒灯、窓の灯がポツポツとあるばかり。
お月さんといっしょに、家人を迎えに駅まで走った。

翌朝6時。
まだ暗い空にお月さん。
家人を駅まで送り、家へと戻った。
だんだんと東の山際が明るんで来た。
お月さんは、役目交代というかのように、白く淡くなった。

“西郷どん”の歌

dav

店で食事をしていたら窓越しに声がかかった。
幼なじみ、当時は上級生も下級生も一緒に群れ遊んでいたから、年は離れているけれど幼なじみである。
「良いところで」
「お久しぶりで」
「尋ねたいことが」
こどもの頃、遊びながら歌っていた詞を思い出そうとしている、とのこと。
「いちかけ、にかけ さんかけて……」
「ああ、おじゃみ(お手玉)のときの?」
あの歌に西郷隆盛が出てこなかったか?テレビで”西郷どん”を見ていてふと思い出して……。
♪明治十年戦役に~と歌っていたが、あれは西南戦争のことでは?
「たしか、西郷隆盛の名前も出てくるはず」
思い起こしながら繰り返し歌ってみる。
あった。
♪わたしは西郷隆盛の娘、のくだりもあった。
半世紀、いや60年も前、山河遥かな山里の小学生たちがお手玉をしながら”西郷どん”のことを歌っていた。
西郷隆盛は誰?と親やおとなに尋ねなかったのだろうか?
ただ、お手玉をしながら西南戦争を歌っていた。
歌詞は長く、詞の終わりまでお手玉を続けていることは難しかった。
歌詞の終わりの合図、ドン! までお手玉を落とさずに続けることができたら誇らしかった。
老女二人で声をひそめながら歌いあって、胸のつかえがほどけたような気もしたけれど、正しく歌詞を思い出せたかどうか、定かではない。
またしてもモヤモヤしている。

モヤモヤ

dav

ホッチキスが無い。ハサミが無い。
他に誰もいない。無くしたのは自分である。
ついさっき手にしたものがなぜ見つからぬ。
焦るままにもうひとつのホッチキスを取り出そうとしたら、ちゃんと元の場所に納まっていたりする。
時間がたっているときは、自分の行動を思い出してみる。歩いた跡をなぞってみる。
もしかトイレの棚か?とのぞいてみる。
小さなハサミひとつ無くても困りはしないが、思い出せない自分が腹立たしい。
あった、やっぱりここだった、と喜び安堵するときもあれば、日を経て、なぜここに?というときもある。
いまだに見つからぬモノたちもある。
今、気になっているのは、本の中の数行の文章。
そうだ、そのとおり、と思って読み進んだ。
後日、ふと思い出そうとしたが、ことばのひとかけらも思い出せない。
正月前に3週間の期間で借り出した9冊の本の中の文章だった。
あれかこれかとページを繰るが、本のタイトルも思い出せない。
返却日が迫っている。
モヤモヤしている。