立春なのに

二、三日暖かい日が続いていたが、立春をはさんでこのところ、凍てつき、終日雪が舞っている。
とはいっても、ときどきは淡い陽射しもあるので雪も溶けるが、木の陰、北の屋根にはいつまでも雪が残って固まっている。踏めばガサゴソ、バリバリと鳴る。
暮らす家は、朝の室内温度2度。灯油のストーブを点けても部屋はなかなか暖まらない。
もう半世紀、それ以上も前のこと。
生まれ育った家は、茅葺き屋根の下に土間が続き、一番奥の土間にはおくどさん、流し台、ゴエモンブロの焚き口があり、広い板の間に囲炉裏があった。
囲炉裏の周りは木屑や枯れ葉、灰だらけだった。囲炉裏の上に天井は無くて、梁は煤で真っ黒、煤はバラバラ落ちてきた。
炉の縁は暖かかった。
囲炉裏とおくどさんと風呂の焚き口に薪がくべられたときは、火照る熱さだった。
けれど、風呂もおくどさんも、囲炉裏も、おとながいなければ燃やされず、昼間の家の中は寒々としていた。
おとなたちは冬の日は柴や薪を作りに山に行った。
分け山というのがあって、村の共有林をくじ引きか何かで分けて、それぞれの家の燃料を切り倒したり束ねたりしていた。同じ時期に作業をするので、おとなたちの社交の場でもあったようだ。
親が山にいることがわかっているので、こどもたちも学校から帰ったら山へ行く。
鎌や斧を上げ下げする親のそばに近づけば叱られる。少し離れて、木の枝を折り曲げ、よじ登り、ユッサユッサと揺らして遊ぶ。少しは体が暖かくなる。
夕飯の支度、風呂も沸かさねばならぬ。山の仕事を早めにきりあげ、枝を引きずり柴を背に負い、家路につく。こどもの背にも小さな柴の束がくくりつけてある。
帰ればおくどさんの前で暖まれる。
あの頃ー、雪も降り、積もる日もたびたびあった。ON、OFFで暖かくなる暖房器具は無かった。
おとながいなければ、家の中に”火”もなかった。
こどもたちは缶けり、追いかけっこをして暖まっていた。
夕飯の支度、風呂わかしが始まって、畑の向こうの家の煙突から煙が見え出したら、遊んでいたこどもたちはひとりひとり帰っていく。
育った家は座敷と土間を仕切る戸も障子も無い家だった。当時の農村の家の間取りは同じようなものだっただろう。
家族で夕飯を囲み、風呂も済ませ、布団の中の小さな炬燵に火だねを入れれば、あとは家中の火を落として床に就く。
翌朝、目覚めれば、たてつけの歪んだ障子の隙き間から吹き込んだ雪が畳にキラキラと光っていた。
前栽と寝間との隔ては紙障子だけだった。
現在のわが家もまた、隙き間が多くて、戸外と室温がたいして変わらぬ寒さである。ボタンを押せば瞬時に点火し、一気に暖かくなるという快適さには程遠い暮らしかたをしているが、ふるえながら細かく柴を折り、上手に薪を組んで燃やしつける工夫もいらない。
これで充分、充分。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>